「銀輪の覇者」
★★★★☆。
自転車小説、そしてミステリ、といえば「サクリファイス」か、と心が高鳴ろうというものだが、全然似ても似つかない異色作だった。下関から青森までの本州縦断レースを舞台にした自転車冒険小説。フィクションにしてもずいぶん壮大な話で、だいたいそんなレースなんて現実味があるのだろうかとまずは考える。だが驚くのはまだ早い。なんと時代が昭和9年でしかも自転車が荷台つきの重たい実用車でのレースというのだからびっくり。またすごい設定を考えたものだ。
そういう話なので今風の自転車小説とはまったく別物かというと、基本的にはチームレースのやり方は同じで、交代でトップを引いたり、駆け引きがあったりする。変速機もない実用車で未舗装路でそんなことが可能なのか不思議なところだが、結構レース展開のシーンはそれなりに真に迫っておもしろく読めるところがすごい。結局、レースは木曾谷あたりで中止になるのだけれど、ラストの主人公響木とドイツチームのデッドヒートのシーンなどは本当に息詰まる迫力でものすごい。
この時代がかった自転車レースだけとりだしても十分おもしろい小説だと思うけれど、主役となるチーム門脇という急造の寄せ集めチームは、キャプテン格の響木をはじめ、望月、越前谷、小松といずれ劣らぬ正体不明の謎の選手たちで、響木の過去のエピソードや他のいわくありげな選手たちの動向、さらには陸軍や街道の顔役のレースをめぐっての思惑などが複雑に絡み合ってミステリー的な展開となっている。謎解きというほどのことはないが、最後にはそれぞれの人物の種明かしと後日譚が説明されてなるほどなるほどとなる。
というわけで、ぼくは結構楽しんで読めたのだけれど、細部に杜撰というか齟齬が結構あって気になった。たとえば響木と門脇の出会いの場が、木曾谷にD51が走る奈良井宿のはずなのに、いつのまにか熊谷や深谷が舞台になっていたり、最後に越前谷が死んだと思ったら生き返ったり?とか。細かいこと、なのかなあ。