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2012年1月30日 (月)

「街の灯」

★★★★☆。
 北村薫という作家は人気があるし実力もあると思うのだけれど、どうも波長が合わないというかこれまで敬遠していた。昔読んだ「スキップ」、「ターン」、「リセット」のいわゆる時の三部作は別格で、多少甘いとは思うもののおもしろく読んだ。でもその後の「空飛ぶ馬」がだめ。評価が高い円紫師匠ものなんだけど、どうも鼻持ちならないというかキャラが好きになれなくて挫折してしまう。それからは敬して遠ざける一方だった。それが何を気迷ったのか、店頭で綺麗なカバー絵と「昭和七年、<時代>という馬が駆け過ぎる―。」という帯のコピーにだまされたかしてふらふらと買ってしまった。
 ベッキーさんものというらしい。三部作となっていて最後の「鷺と雪」が2009年の直木賞受賞作なんだとか。時代は昭和初期、華族様だの社長令嬢だのの上流階級というこれまた飛んでいる世界の話で、現実感などというものにはほど遠いおとぎ話だ。もちろんホームズ譚だって現代の現実感からすればかけ離れた世界の話なのだから、そういう舞台装置のフィクションなのだと思って読めばそれはどうということはない。社長令嬢の今でいう中学2年生?英子が運転手の物知りなベッキーさんの発想にヒントを得て日常生活の謎を解くという連作短編物。
 謎を解くのは英子だからベッキーさんはワトスン役かといえばさにあらず。影の主役はベッキーさんなのではと思わせるほどその着想は鋭く、また多芸で活躍する。このあたりがなかなかの工夫なのだろう。謎解きの筋書きは大したことはないので、ミステリと思って読めばなあんだというようなものだが、現代ものではないだけに不思議な物語的魅力がある。これが筆力というものか。
 チャップリンの名作から名をとった表題作。トーキー映写が鍵になっているのだけれど、それよりも原作「街の灯」のラストシーンで、目が見えるようになったバージニアが浮浪者チャップリンにお金を恵んでやろうとして、手をとった感触で、あ、この人が、という感動的なシーンの話。そのとき、「真相に気づいたバージニアの顔に、ただ、いいようのない嫌悪と憎しみの色が浮かぶのを見た」。おお怖い。もちろんそれはフィルム上にはない、単に観る者の心情の投影なのであって、「《本当にいいものが目の前に現われても、お前には、おんぼろの浮浪者にしか見えない》。それはすべて駄馬にしか見えない私の心の貧しさのせいであって、仮に、千里を行く馬から見れば、わたしの方がただの駄馬なのよ」ということになる。う~ん、深い。高嶺の花の侯爵令嬢が急に身近に感じられる。

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