一等三角点「生振」
思いつきで始めた路傍の三角点探訪も1ヶ月が過ぎて今回が10点目になった。これまでは三等や四等ばかりだったが、今回は初の一等三角点となる。一等だからえらいというわけでもないのに一等三角点は人気があり、一等三角点の山の制覇を目標とする人も多く、そのためのガイドブックも出版されている。そのついでというわけで低地の一等三角点もweb上の訪問記録がいくつか上がっている。ここ生振もそんな低地の一等三角点のひとつ。訪問は2020年6月9日。
第6回で苦労して見つけた「山口向」、そのときに渡った国道337号線生振大橋までは同じ道をたどる。あのときは橋を渡った先を右折したが、今回は国道を直進する(A地点)。道なりにどんどん進むと左にカーブした先に信号がある(B地点)。その先すぐに左手にカマボコ屋根の倉庫があって、そこの農家のところを左にはいる私道がある(C地点)。目的の三角点はその私道の先でここの家の私有地にある。三角点探訪者が時折あるようで、家の方が草を払ったり整備してくれているそうだ。webに上がっている訪問記にも家の方が心得ていて、こころよく案内してくださったりしているようすが書かれている。ぼくが行ったときは、腰の曲がったおばあさんがたまたま居合わせて、三角点を見に行きたいので通らせてもらっていいですかと声をかけると、不審がることもなくどうぞどうぞと言ってくれた。
ありがたく通らせてもらってアスパラ畑の間を進むと前方に林が見えてきて、その間を抜けた先が二股になっている(D地点)。ここを右にとるとすぐに右手の木から目印の赤いテープが下がっている。ここが入口かなと思ったが、草が深くてちょっとはいれるような感じではないので先へ進むと、その先にまた赤テープの目印がある。そこは右手の丘に踏み分け道らしきものが見えたので、そこから直登することにする。ちょっと急な勾配を木につかまって上るとすぐに頂上に出て、右側に刈り払われたスペースがあって三角点がすぐに見つかった。さすがに一等三角点で、標石の周りに型通り4個の保護石と標識杭が立っている。
ここは明治時代の創基で、移転の記録もなく、古びて丸みを帯びた標石はさすがに風格をただよわせている。もちろん一等の文字は右書きだ。小高い丘の頂上からはあまり見通しは効かないが、南方の茨戸川方向は林越しに陽光が差している。
帰りは斜面を下りて元の農道に出た後、来た道をもどらずに先へ進んで別ルートから帰ることにした。少し南下すると四差路に出るのでそこを左折する(E地点)。道なりに進むと別の農家の敷地内に裏から入っていく。こちらは周りに人がいないので心の中でことわって家の間を通らせてもらうと舗装道路に出る(F地点)。左手に進むと来るときに通った信号の交差点(B地点)で、337号線に出る。
ところで、生振という名の三角点はもう一ヶ所、石狩川の対岸の石狩市域にもある。そちらは三等で歴史的にもこちらの方が古いのははっきりしているが、点の記の表記はこちらが生振2となっているのは何でだろう。正式名称には番号はなくどちらも生振なのだが、なんか釈然としないな。
〇一等三角点「生振」
北緯 43°10′47″.5800
東経 141°22′11″.6604
標高(m) 14.23

国道337号線生振大橋西詰(A地点)

道なりに進んだ先の信号交差点(B地点)、左手にカマボコ屋根が見える

三角点への入口(C地点)

畑の間を進む

林を抜けたところの二股(D地点)

二つ目の赤テープ地点の右手、ここからはいる

笹の間の急斜面をよじのぼる

頂上の一部は草が払われていて三角点がある

風格のある標石

頂上から遠望は効かないが南側は明るい

元の農道へ下りて先へ進んだ四差路(E地点)

別の農家の裏に出る

抜けた先の舗装道路から振り返ったところ、右手の家側から出てきた(F地点)

位置図(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)
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