カテゴリー「旅行・地域」の記事

2023年1月26日 (木)

以布利海岸遍路道ごみ拾い

 突然なんのこっちゃと思われるかもしれないが、いい機会なのでMJBぢぢいさんのブログを紹介しておくことにしたい。

 正式な名称は「低級遊民MJBぢぢいのブログ」で、「ごみ拾いとお遍路とボランティア・時々鉄道と鉄蓋のブログです」と副題(説明?)がついている。これだけだといかにも怪しげで近寄りたくない感じをひしひしと受けてしまうが、内容はいたってまともで、ほぼ四国歩き遍路にまつわる話だ。ブログ主氏は西条市の62番札所宝寿寺の近くにお住まいの方で、詳細かつ膨大なお遍路情報が満載なうえに、何より当人のお人柄か読んでいてとても楽しい。歩き遍路を志す人、四国遍路に興味のある人にはぜひ一読をおすすめしたい。というか、遍路界?では有名な方らしいので、ぼくなどがこと改めて紹介しなくても、知ってる人は知ってるのかもしれないが。

 ブログ説明にもあるように、お遍路のかたわら地域のごみ拾いボランティアにも精を出されていて、それがまた頭が下がる熱心さなのだが、今回の告知は、足摺半島の付け根の東側にあって歩き遍路道の一部にもなっている以布利浜の清掃奉仕の企画だ。以布利浜はぼくも歩いたところで、確かにごみが散乱していたのをおぼえている。近くにいたらぜひ参加したいところだが、さすがに当地からは無理なので、近在の方やちょうど通りかかる方がおられればぜひご協力を。

 

230126 
以布利浜(MJBぢぢいさんのブログより)

 

2023年1月18日 (水)

鹿による列車支障

 昨日、ツイッターのタイムラインを眺めていたら、JR北海道列車運行情報【公式】のツイートで、鹿による列車の支障の報告がやたら多いのに気づいた。並べてみると、夕方から立て続けに以下の7本もあった。

・01月17日15時58分 配信
 石北線 丸瀬布~白滝駅間で、網走 12時35分発 旭川行き 特急大雪4号が鹿と接触した影響により、石北線の一部の列車に遅れが発生しています。

・01月17日16時13分 配信
 日高線 浜厚真~勇払駅間で、鵡川 15時12分発 苫小牧行き 普通列車が鹿と接触した影響により、日高線・室蘭線の一部の列車に遅れが発生しています。

・01月17日18時16分 配信
 石北線 白滝~遠軽間で 旭川 14時40分発 北見行き 特別快速きたみの列車前方に鹿が支障していた影響により、石北線の一部の列車に遅れが発生しています。

・01月17日19時50分 配信
 根室線 富良野~野花南間で、JR貨物の貨物列車が鹿と接触した影響により、根室線の一部の列車に遅れが発生しています。

・01月17日20時22分 配信
 室蘭線 虎杖浜~竹浦間で、東室蘭 19時39分発 苫小牧行き 普通列車が鹿と接触した影響により、室蘭線・函館線の一部の列車に遅れが発生しています。

・01月17日20時37分 配信
 函館線 仁山~新函館北斗間で、札幌 16時51分発 函館行き 特急北斗20号が鹿と接触した影響により、函館線の一部の列車に遅れが発生しています。

・01月17日21時03分 配信
 石北線 白滝~丸瀬布間で、旭川 17時05分発 網走行き 特急大雪3号が鹿と接触した影響により、石北線の一部の列車に遅れが発生しています。

 鹿による列車障害というと釧路方面とか宗谷線が多いと思ったけど、そちらはひとつもなくて全道に散らばっている。それにしても多い。毎日こんなにあるわけではないだろうが、この公式アカウントによる報告は、「30分以上の遅れが発生(または見込まれる場合)」という基準になっているので、そこまでいかない軽微な支障はもっともっとたくさんあるのだろう。JRでは12月から3月まで花咲線、釧網線の夕方以降の列車を鹿との衝突を防ぐため減速運転をしているくらいだ。

 沿線に鹿がどれくらいいるかというと、ねとらぼの記事が実態を記録していてすごい。ここにある動画を見ると、主客転倒というかまるで鹿の楽園を列車がおそるおそる通らせてもらっているという感じだ。こんなではとうてい正常運行などできないだろう。そういえば以前、宗谷線で車両前面に鹿を寄せつけないような周波数の音を出す装置を試験的につけていたことがあったけれど、あれはどうなったのだろう。昭和の天然物化学者としては、鹿の忌避物質を線路沿いに撒くってのはどうかとか思うけど、そんなことは誰でも考えるだろうし、うまくいかないのだろうな。JRとしても単独では維持できない路線に多額の鹿対策費用をかけるわけにもいかないし、頭の痛いところだろう。冗談抜きで鹿が路線の命運を制するなんてことになりかねない。

 

230118 
花咲線別当賀~落石間のようす(@103_Osakaさんのツイートより)

 

 

 

2022年12月25日 (日)

雪の季節

 冬に雪の降る話を書いてもしようがないが、それでもやはりこれはなあ。
 クリスマス前の12月23日に降った大雪で、宗谷本線名寄~稚内、石北本線上川~北見が現在も不通。それどころか少なくとも27日までは運転見合わせで、それ以降も目途が立っていないということだ。この区間を走る特急7往復を含む全列車が運休となっている。

 今回の雪は気温が高かったので湿った重たい雪で、そのために除雪作業が一層困難になっている。雪国の人ならよく知っているように乾雪と湿雪はまったく別物で、気温の低い北海道で通常降る乾いたさらさらの雪なら、30センチやそこら積もっても雪かきに造作はないが、湿った雪が同じだけ降ったら重くて大変だ。新潟や北陸の人はどれだけ大変だろうかというのがニュースを見ていつも思うことだ。

 幸い並行する高速道路や主要国道はすでにすべて開通しているから、人の移動や物流には影響が少ないだろうが、これから年末の繁忙期にかかることもあり、関係者は夜を徹して復旧に努めているのだろう。しかし、JRはこれだからだめだというのは当を得ていない。今回の不通区間はいずれも人跡まれな過疎区間であり、そもそも線路に側面から近づくことができない。除雪ははしから線路伝いに少しずつするしかないので、恐ろしく手間がかかる。しかも輸送密度の低い過疎区間なので、要員の配置された中間駅がほとんどない。たぶん宗谷線は音威子府・幌延、石北線は遠軽しかないのでは。とても迅速な対応ができる体制ではないのだ。

 こういうことを見越してあらかじめ設備や人員を手当てしておくこともどだい無理な話だ。
手間ひまかけて復旧したとして、そこを走る列車に乗っている乗客なんて微々たるものでしかない。赤字企業としてはとても優先順位を高くはできないだろう。国が除雪する立派な国道を走るバスで十分では、となるのも無理からぬ話だ。何度も書くように、そもそもこういう鉄道の管理運営を一企業に負わせるのは無理な話なのだ。国家の軸となる幹線で廃止できないというのなら、国が責任をもって管理すべきだろう。

 

 

2022年12月20日 (火)

丸墓山

 といっても知っている人は、地元の人か、古墳や歴史のコアなファンか、あるいは「のぼうの城」(和田竜)を読んだ人かだろう。ぼくはその最後のやつで、昨日読み終えた。すこぶるおもしろいので、未読の方はぜひご一読を。するときっと丸墓山へ行ってみたくなること請け合い。

 この小説は石田三成の忍城攻めの話だが、忍城というのがまた余所者にはわかりにくい。昔、戦記物を読んでいて、武州忍藩の兵が忍城から進攻してみたいな話がでてきて、はてなとなった。どこだそれ。ぼくを含め鉄道ファン、なかでも乗り鉄といわれる物好きは、全国の鉄道を乗り歩いているので、自然地理や地名に詳しくなる。しかしそれには大きな穴があって、路線や駅名に出てこないところは、存在しないかのように無視されがちだ。北関東に忍などという地名は聞いたことがないぞと調べてみると、現在の埼玉県行田市の中心部だった。行田なら秩父鉄道が通じているから知っているし、通ったこともある。行田藩とか行田城といってくれればわかったのに。

 その忍城の南側に丸墓山という小山があって、そこに2万の寄せ手が布陣した。秀吉の小田原攻めのときの話だ。三成は丸墓山の左右に長大な堤を築いて、川水を引き込んで湖中に忍城を孤立させた。なかなか壮大な水攻めだが、この城はそれでも落ちなかったという。いったいどんなところだろうと興味が湧こうというものだ。地図で見ると、丸墓山というのは山というより可愛らしい丘で高さは18 mくらいしかない。そもそもが名の通り古墳なのだ。たしかに関東平野の真ん中だし元々山のあるような場所ではない。うちの近所のモエレ山が52 mだからその1/3ほどだ。こんなところに2万の軍勢が陣を布いたとはにわかに信じがたい。ただ平地のただ中だから小なりとはいえ頂上からは遠望が利くのだろう。頂上に三角点があるのも好もしい。ぜひ上って石田三成の気分で、忍城を囲む平地に満々と湖水を湛えた様子を眼中に収めたいものだと思う。

 

221220 
さきたま古墳公園の丸墓山古墳(photoACより)

 

2022年11月17日 (木)

三等三角点「上白石」

 白石区内の落穂ひろい、「岡田」に続いては南西に4 kmほど移動して「上白石」へ。探訪日は同じく2022年10月31日。

 「岡田」から北白石川沿いの道にもどって南下、道央自動車道直下の信号を右に曲がる(A地点)。この道が米里通で、道なりに行くと「上白石」近くのD地点に出る。そのつもりだったのだが、月寒川の橋から見る堤防の道が気持ちよさそうだったので、そちらを歩くことにする(B地点)。両岸のどちらも歩けるが、西岸の道を行くとそのまま分岐から斜めに望月寒川にはいる。この川も両岸に歩道があるが、西岸は工事中だったので対岸に移動して歩き、道央道をくぐった先の橋を西方向に渡る(C地点)。橋を渡って右にカーブするとすぐに米里通交差点に出る(D地点)。そこを左折すると左角がフェンスと生垣に囲まれた豊平川水再生プラザ(水処理センター)の敷地で、三角点はその中にある。フェンスの先に入口があるが、残念ながら関係者以外立入禁止の表示があった。ところが幸いなことに三角点はフェンス際にあって、なぜかちょうどその位置の生垣が切れていて、北側道路の歩道からのぞき込むことができ、木の根元に標柱と標石を見ることができた。

 ここはJR白石駅から歩いても2.5 kmくらいだし、豊平川の対岸の環状通と三角点通の交差点(E地点)にある本町2条9丁目のバス停からならさらに近く、環状北大橋を渡りF地点で左折すれば1.8 kmほどだ。イオンモール苗穂が近いので地下鉄環状通東駅から三角点通を通るバスが頻発している。

 点の記によれば、ここも「岡田」と同時期の1913年8月設置と古い。その後、1984年9月に旧位置の南西47 mに移転とある。古い地図を見ると1916年から1975年までは現在位置より少し北側に三角点表示がある(新旧地図マーカー位置)。このあたりは古くは月寒川と望月寒川の合流点近くの湿地帯で地名でいうと米里であり、上白石という地名は少し豊平川の上流寄りの函館本線鉄橋あたりに表記がある。

〇三等三角点「上白石」
 北緯 43°04′15″.0213
 東経 141°24′59″.4137
 標高 (m) 8.33

 

221117a
「岡田」から南下した道央道手前の交差点(A地点)

221117b
右折した先の月寒川の橋(B地点)

221117c
月寒川西岸の道を南下

221117d
望月寒川沿いからの右折点(C地点)

221117e
望月寒川を渡る橋の西方向(C地点)

221117f
米里通の交差点に出る(D地点、北方向)

221117g
左折した左側が水再生プラザのフェンス

221117h
近くの入口(立入禁止)

221117i
生垣が切れている場所

221117j
のぞき込むと標石と標柱が見える

221117z
位置図(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

221117zz 
新旧地図比較(今昔マップ on the web)

2022年11月12日 (土)

三等三角点「岡田」

 10月の最終日、好天にさそわれておそらく今年最後の三角点歩き。白石北部に歩き残したところをたどった。探訪日は2022年10月31日。

 今日はJRではなくバスで出発。昨年夏に三角点通を歩いたときと同じバスにあいの里教育大駅から乗り、東苗穂8条3丁目のバス停で下車する。三角点通を走るバスの系統は多く、中心部から向かうなら、バスセンターや地下鉄東豊線環状通東駅から豊畑方面へ行くバスに乗ればよい。バス停のすぐ横が三角点通と丘珠空港通の大きな交差点で(A地点)、丘珠空港通を東方向に進む。その道はやがて国道275号線に突き当たるので左折する(B地点)。あとは道なりにゆくと雁来大橋で豊平川を渡り、対岸すぐの信号を右折する(C地点)。曲がった道は左側の北白石川に沿った直線道路で、ずっとまっすぐ行くと昨年の同じ頃に歩いた「厚別川下」のある白石高校を経て、JR平和駅に突き当たる(「厚別川下」の地図のB地点からA地点)。平和駅から歩くとここまでは5 kmちょっとだ。

 雁来大橋東詰交差点(C地点)から南下して、北白石川に架かる最初の橋を渡る(D地点)。この橋とその先の道は現在の国土地理院地図には記されていないが、新旧地図比較の古い地図には描かれている。廃道になったのかもしれず、実際橋には車両通行止め表記があり、鉄パイプでふさがれている。人は立入禁止とは書いていないのでゲートを乗り越えて進む。道は一部草が茂っているが簡易舗装されていて歩くには支障はない。少し行くと、左手に高圧線の鉄塔があり、正面に栗の木が一本立っている。その栗の木の根元に三角点があり、すぐにわかる。バス停からここまで2.6 kmくらい。

 点の記によれば、ここは大正時代の1913年5月設置と古い。その後、1955年9月に再設置され、さらに1980年6月再設置と書かれている。古い地図を見ると1916年から1975年までは現在位置の南100 mくらいの位置に三角点表示があり(新旧地図マーカー位置)、これが1980年以前の位置だろうが、1955年の再設置では地図上では動いていないようにみえる。点名の岡田(おかだ)の由来も不明だ。この近くにはすでに訪れた「田中」というのもあって、いずれも人名由来だろうが、このあたりの地主なのだろうか。

〇三等三角点「岡田」
 北緯 43°05′33″.4234
 東経 141°26′40″.8998
 標高 (m) 7.12

 

221112a
東苗穂8条3のバス停から北方の交差点(A地点)

221112b
曲がった東方向(A地点)

221112c
国道275号に突き当たる(B地点)

221112d
左折した雁来大橋方向(B地点)

221112e
雁来大橋を渡る

221112f
豊平川下流方向

221112g
雁来大橋東詰の交差点(C地点)

221112h
右折した南方向(C地点)

221112i
北白石川の最初の橋を渡る(D地点)

221112j
荒れた道を進むと正面に栗の木

221112k
栗の木の根元に三角点

221112l
標石

221112z
位置図(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

221112zz
新旧地図比較(今昔マップ on the web)

2022年11月 7日 (月)

ローカル路線バス乗り継ぎの旅Z第19弾

 いやあ残念だったなあ。最後の区間のバスを1時間の差で乗り逃がしてゴールできなかった。

 今頃何言ってるの、とキー局のテレビ東京の放映(8月)を観た人は思うかもしれないが、当地の系列局テレビ北海道で番組が放送されたのは先週のことで、録画しておいたものをやっと昨日観たのだ。すでにタビリスの答え合わせ記事も読んでいるし、周回遅れも甚だしいがこればっかりは地域差なのでしようがない。

 それはともかく、9勝9敗で迎えた第19回、群馬県谷川岳ロープウェイから山形県銀山温泉までという課題をクリアできずに敗退。負け越しが決まってコンビ解散・放送打ち切りとなった。太川・蛭子コンビの元番組を引き継ぐ形で、新たに羽田圭介・田中要次という微妙なコンビでスタートした「Z」もいつのまにかもう5年19回もやっていたのか。前にもエントリを書いたことがあるが、この通称バス旅はぼくが楽しみにして観ている数少ないテレビ番組のひとつだ。人気番組ではあるが、初代のときから通算すると44回も続いたことになるから、いいかげんルート設定も出つくして、ここは前に通ったよなとバス停の名前まで覚えていたりするようになっているし、それよりなにより地方の路線バス路線がどんどん廃止されていって、特に県境市境などがつながらなくなっている。乗り継ぎの旅という設定自体が難しくなり、コンビの問題というよりも番組自体がもう無理なのかもな。羽田・田中のZコンビは健脚といわれてずいぶん歩いているが、ルート探しの誤りというよりそうせざるを得なかったという方が正しいだろう。

 番組をずっと見続けていると、最近はバス路線が撤退した後に地域の自治体で運行しているコミュニティバスを利用することが多くなったし、案内所での聞き込みでもそういう尋ね方をしている。そして乗るバス乗るバスの空いていること。わずかに残っているいなかの路線バスも大半は空気を運んでいるようなもの、というのは実際にもよく経験するところだ。JRの赤字ローカル線存廃が問題化しているが、バスだって同じことなのだ。ぼくが子どもの頃は、鉄道とバスを乗り継いで観光地を周る旅が一般的で、旅行会社ですべての切符を順に綴じた周遊券をつくってもらったりしたものだが、今や旅はマイカーかレンタカーあるいは団体観光バスばかりだからな。ローカル線や路線バスなど乗る人はいない。

 でも、この番組はおもしろかった。コンビとマドンナのかけあいもそうだけど、親身になって調べてくれる案内所の人とか運転手さんや地元の人とのやりとりもそうだ。今回も遠刈田温泉だったかのタクシーの運ちゃんが、蔵王山頂経由で山形へ抜けるバスの時刻を調べて教えてくれた。ウルトラC級のルートで山形へ出ればゴールは近い、はずだったのだけど結果的にはそっちを選択した時点でゴールの可能性がなくなったという悲劇。なんとかして仙台へ出ていれば間に合ったのに。これはもう台本のないドラマとしかいえないよな。

 名残惜しいけど十分に楽しませてもらった。お疲れさまでした。

 

 221107
番組webページ(テレビ東京)より

2022年11月 4日 (金)

四等三角点「一夫」

 江別市内の落ち穂ひろいその2。「江別西」に続いては西に下って「一夫」。探訪日は同じ2022年10月13日。

 「江別西」からは来た道を南西にもどってC地点を過ぎてさらに進み、野菜即売所の角の十字路を右折する(E地点)。大麻駅からくる場合は、駅前の道を左手に行ってすぐのT字路を右折する(D地点)。そのまままっすぐ北西方向に進むと、以前紹介した大麻神社の前を通り、4番通にぶつかったところがE地点になるので、直進する。さらに行くと変形T字路に突き当たるので右折する(F地点)。この道は道央道江別インターへのアクセス路で拡幅工事が行われている。少し行くと右手の草地への入口がある(G地点)。草地の中へ轍をたどり左に積んである土の山を過ぎたところで側溝にぶつかるので左折する(H地点)。側溝沿いに北東方向へ踏み分け道を歩くと正面遠くにポツンと木が1本あり、その手前の少し草が盛り上がったところに黄三角ポールが見える。そこが三角点位置で、ちょうど側溝がT字型に交わる角になっている。ポールの周囲はかなり草深く地面が見えないくらいだが、丹念に探すとポールから南東方向1 m弱あたりに標石が見つかった。

 点の記によれば、ここも他の近傍の三角点と同じく2005年8月に新設されている。点名の一夫(かずお)がどういう由来なのかは不明だ。どうみても地名ではなく個人名だろう。苗字ならまだしも名前とは人を食っているが、この近くにはすでに紹介したように、「晃司」「博文」なんてのもあるから、関係者の名前を付けるのが流行りだったのだろうか。

〇四等三角点「一夫」
 北緯 43°05′02″.2881
 東経 141°29′08″.4401
 標高 (m) 5.06

 

221104a
大麻駅北口から左手に進んですぐのT字路(D地点)

221104b
右折した北西方向(D地点)

221104c
突き当りの変則T字路(F地点)

221104d
右折して少し先の右手に草地入口(G地点)

221104e
草地を見たところ(G地点)

221104f
土の山を過ぎて側溝の手前を左折(H地点、北東方向)

221104g
溝に沿って進むと三角ポールが見える(矢印位置に三角点)

221104h
近づいてみたところ(南方向から)

221104i
ポールと標石

221104j
標石

221104z
位置図(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

 

2022年10月30日 (日)

四等三角点「江別西」

 江別市内のJR線近傍の三角点はほぼ歩き終えているが、いくつか歩き残したところがある。秋の日にそんな落ち穂ひろいの一日、まず「江別西」へ。探訪日は2022年10月13日。

 函館本線を大麻駅で下車。正面の北口に出る(A地点)。目的地は大麻地区の北のはずれの4番通沿いにある。そこまではどこを歩いてもかまわないが、とりあえず駅前の通りからから3番通までつながっている大麻中央公園沿いを歩いて、3番通に出たところを右折する(B地点)。次の信号を左折すると下り坂となり前方に眺望が開ける。その先の交差点が4番通で、ここを右折する(C地点)。あとはこんどはゆるやかな上り坂を北東方向に歩く。右手の自動車学校を過ぎた先に高齢者施設「ひだまり」があり、その駐車場と歩道の間の草地に三角点がある。草が刈られていて発見は容易だ。

 点の記によればここは2005年8月の設置で、江別市内の公園にある他の四等三角点と同時期だ。地下埋設上面舗装の様式も同じ。点名は単に江別市の西部に由来するのかもしれないが、江別西という地名はなく、すぐ北側に道央自動車道の江別西インターチェンジがあるので、そこから採ったものではないだろうか。

〇四等三角点「江別西」
 北緯 43°05′20″.6255
 東経 141°29′54″.2272
 標高 (m) 28.65

 

221030a
大麻駅北口(A地点)

221030b
大麻中央公園沿いの道

221030c
3番通に出て北東方向(B地点)

221030d
4番通との交差点(C地点)

221030e
右折した北東方向(C地点)

221030f
右手の高齢者施設(矢印位置に三角点)

221030g
近づいてみたところ

221030h
施設側から(向かいは中学校)

221030i
標石

221030z
位置図(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

2022年10月23日 (日)

千歳川の源流

 一昨日の「上江別」のエントリで、何の気なしに千歳川の水源を支笏湖と書いてから、どうも気になった。千歳川が支笏湖から流れ出しているのは間違いないが、そのさらに上流部があったはずだ。支笏湖には、湖畔の千歳川流出口のちょうど反対側の美笛地区に流れ入る川がある。美笛にはキャンプ場があり、支笏湖畔から伊達市大滝に抜ける国道276号の通り道なので何度も通ったことがある。あれはたしか美笛川だよなと地図で確認すると、なんと千歳川と書いてあった。美笛川というのは湖から少し上流で本流に流入する支流の名前だった。この千歳川はさらに遡ると支笏カルデラ外輪山のフレ岳に行きつく。すなわち、千歳川はフレ岳を源流として、支笏湖を経て江別市で石狩川に合流する川ということになる。知らなかった。前エントリを修正せねば。

 しかし、ダム湖のような堰止湖ならいざ知らず、支笏湖はカルデラ湖なのでもともとの川が湖の生成で分断されたとは考えにくい。今から5万年前の古支笏火山の噴火当時の川の流路など知りようもないが、たぶんカルデラ生成後に流入する川と流出する川ができて、後世の人がたまたま同じ名前を付けたのだろう。他のカルデラ湖では、屈斜路湖は釧路川の源流だが上流に釧路川はないし、十和田湖は奥入瀬川の源流だが上流に同名の川はない。壮瞥川が流出する洞爺湖にはソウベツ川という小さい流入河川があるが、これは明らかに別物だろう。とすれば、千歳川の水源を支笏湖としてもあながち間違いともいえないような。修正しなくてもいいか。

 ところで、なぜ支笏湖から流れ出る川が千歳川かというと、もともとはシコツペツといアイヌ語名があって支笏川と字訳されていたのが、シコツの音が死骨に通じると忌まれて、縁起の良い千歳に改名されたというのは有名な話だ。で、千歳川、千歳市、千歳空港、とあたりはほとんど千歳になったが、湖名だけは昔の支笏湖のままになっている。死骨などという和語はないので、改名するほど気にする必要もないと思うけどな。まあ、千歳湖なんぞにならなくてよかったよ。

 

221023 
 川だけ地図(地理院地図Vector)より

より以前の記事一覧

CLICK !

  • おもしろ有機化学ワールド



twitter

2023年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
無料ブログはココログ