カテゴリー「旅行・地域」の記事

2022年9月26日 (月)

水柱止まる

 しかし世の中には驚くようなことがいろいろある。この長万部の水柱現象もそのひとつだ。飯生神社前の木立の中で8月8日の夕方に突然水が噴き出して、高さが30メートルもの水柱になった。1958年頃に地下資源調査のために業者が掘削しその後埋め戻した場所だという。原因が不明でいっこうに止まる気配がないために、町は塩分を含む飛散水の塩害や轟音の対策に追われ、対策費用捻出のためにふるさと納税やクラウドファンディングを募るという事態になっていた。

 その水柱、数日前から勢いが時おり弱まっていることがわかり、9月26日未明現地で止まっているのが確認されたそうだ。もともとの原因がわかっていないのでなぜ止まったのかもわからないのだろうが、再噴出に備えてとりかかっている対策工事は予定通り進めるとのことで、神社の敷地内ということもあって安全祈願祭が行われている。

 いやあおもしろい、といっては振り回されている地元の人に申し訳ないが、噴出している間にぜひ見に行きたかった。なんで突然吹き出して突然止まったのかとても興味がある。ぜひ調査して解明してもらいたいものだ。水温は21.5 ℃とちょっと低いものの成分は立派な温泉水だというから、りっぱな観光資源になったかもしれないのに、突然止まるんじゃなあ。

 

 

2022年9月22日 (木)

四等三角点「峰延町」

 「伊藤農場」の次は「峰延町」に寄って峰延駅へ出た。探訪日は同じく2022年9月8日。

 「峰延町」へは「伊藤農場」の前を北東に進んで、突き当りのT字路(E地点)してまっすぐ行けばよい。そこから峰延駅へは約2 kmと近いのでこちらからの順路で説明する。峰延駅前の道を国道12号に出る手前の倉庫の角を右に曲がる(A地点)。まっすぐ行くと函館本線を越えて月形町方面に通じる道道に突き当たるので右折する(B地点)。陸橋を越えて少し行くと少し大きなT字路があるので左折する(C地点)。この道を直進するとT字路に突き当たる。ここがD地点で、右折すると「伊藤農場」方面のE地点に通じている。ここを左折するとすぐに右手の用水路土手に三角点がある。ちなみにこの道はその先で鉤の手に曲がっていてずっと行くと「大願町」のときに通った点滅信号の交差点(「大願町」のA地点、「大願」のG地点)につながっている。

 ここは「大願町」と同日の1980年7月の設置。上面舗装の保護石4個も同じ。ただ標石は地上に少し出っ張っているので土に埋まることもなくよく見える。白い標示柱のほかに先端が赤く長い白木の目印杭(IV峰延町と表記)が立っていた。点名は所在地の岩見沢市峰延町からとられている。峰延町は岩見沢市と美唄市にまたがっており、ここは岩見沢市だが、JR峰延駅は美唄市峰延町にあり、C-D地点間に市境がある。

〇四等三角点「峰延町」
 北緯 43°15′30″.9591
 東経 141°47′51″.3256
 標高 (m) 19.16

 

220922a
峰延駅

220922b
駅前の国道交差点の手前の道を右折(A地点)

220922c
右折した倉庫の間の道(A地点)

220922d
道道に突き当たる(B地点)

220922e
右折した陸橋方向(B地点)

220922f
陸橋の先の左折点(C地点)

220922g
左折した南西方向(C地点)

220922h
突き当りのT字路(D地点)

220922i
左折したすぐの右側に三角点

220922j
全景

220922k
標石

220921z
位置図(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

2022年9月21日 (水)

三等三角点「伊藤農場」

 「大願町」に続いては、そこからほぼ一本道の「伊藤農場」へ。探訪日は同じく2022年9月8日。

 「大願町」からすぐの道道に出たところがF地点。そこを右折して北東へ進む。G地点の交差点で道道を離れて直進すると道が細くなる。農地の間の道をしばらく進むと、右手に赤レンガの煙突のある家が見えてくる。その家の先の右側庭先のようなところに三角点があり、黄色三角プレートの標示柱が立っていて根元に標石が基部まで露出しているのがすぐに見える。峰延駅からだとA→B→C→D地点の順にたどって「峰延町」近くまで行き(詳細は「峰延町」)、北西にずっと直進してE地点で左折すると約4 kmで到達できる。

 さてこの三等三角点「伊藤農場」、残念ながらいつ設置されてどういう経緯をたどったものか、また正確な緯度経度高度の情報が不明だ。というのも国土地理院の基準点成果等閲覧サービスで成果の公表が停止されていて、点の記の閲覧ができなくなっているからだ。地形図上にはちゃんと三角点マークがあるが、閲覧サービスの地図では赤の抹消線が引かれている。これは何らかの原因で位置の正確さが損なわれていて処置保留となっていることを意味している。原因には亡失、不明、埋没、き損、傾斜などいろいろあるが、その中に露出というのがあって、ここはそれに該当している。三角点の標石(柱石)は全体で63 cmの長さがあり、通常はその大部分が地中に埋まっている。基部から41 cmのところに肩があって、そのあたりまでは露出しているものもあるが(たとえば「南川下」「北川下」)、ここの柱石は肩の部分から下側が20 cm以上も露出してしまっている。地中に固定されるべき部分までが露出していて、ズレや傾きの恐れがあるので成果が保証できないのだろう。
 というわけで以下には三角点Viewerアプリに掲載されている国土地理院発行基盤地図情報の値を示す。

〇三等三角点「伊藤農場」(参考値)
 北緯 43.267599361°
 東経 141.78198375°
 標高 (m) 16.99

 

220921a
「大願町」から道道に出たところ(F地点、北東方向)

220921b
道が狭くなるが直進(G地点)

220921c
右手にレンガ煙突の家(三角点手前)

220921d
家を回り込んだ庭先(矢印位置に三角点)

220921e
反対側から見たところ(矢印位置に三角点)

220921f
全景

220921g
標石

220921h
標石

220921i
「峰延町」方向からきた左折点(E地点)

220921j
左折した南西方向(E地点)

220921z
位置図(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

 

2022年9月20日 (火)

四等三角点「大願町」

 前回は「大願」を探訪したあと、その足で大願神社へお参りした。そこから1 kmほど先に「大願町」があるので、そこまで足を延ばそうかとも思ったが、すでにかなり歩いていたしキリがないので次の機会ということにして、岩見沢駅にもどった。今回はその「大願町」からのスタート。探訪日は2022年9月8日。

 「大願町」へは岩見沢の次の峰延駅からの方が近いが、岩見沢での接続が悪く列車を待つよりは歩いたほうが早そうなので、また延々と同じ道を歩くことにする。天気も良く何度歩いても気持ちのよい道だし。というわけで「大願」の位置図の斜めT字路(B地点)までは前回と同じ。ここを鈍角に右へ曲がってすぐの点滅信号のある交差点(G地点)が今回の位置図のA地点になる。ここを左に曲がって700 mほど先の変形十字路から細い土道を右に入る(B地点)。ここが「大願」の位置図のH地点で、ここを逆に左にとると「大願」がすぐだ。田圃の間の土道をしばらく歩き、大願川を越えてT字路を左に曲がる(C地点)。そこから直進して道道(川向三番線)に出る少し手前の左側の用水路の土手に三角点がある。保護石に囲まれて白い標示杭が立っているので遠くからでも目立つ。ここまで岩見沢駅北口から約7.7 km。峰延駅からだと「峰延町」の近くを通ってC地点に出れば約5 kmと近い。

 点の記によればここは1980年7月の設置。保護石ごと上面舗装されているよくあるタイプだが、標石は舗装面より少し沈んでいるので上面に土がかぶっていて移植ごてで掘り出さないと見えてこない。なぜか上部舗装の外周と標石のある内周の四角が中途半端にねじれているのも変わっている。点名は、すでに大願という三角点が2つあったので町をつけたのだろう。

〇四等三角点「大願町」
 北緯 43°15′35″.5205
 東経 141°46′23″.7205
 標高 (m) 17.02

 

220920a
点滅信号のある交差点(A地点、北東方向)

220920b
左折した北西方向(A地点)

220920c
700 m先の右折点(B地点)

220920d
右折した北東方向(B地点)

220920e
土道の先の左折点(C地点)

220920f
左折した北西方向(C地点)

220920g
道道に出る手前の左側(矢印位置に三角点)

220920h
反対側から見たところ(矢印位置に三角点)

220920i
全景(標石上面を掘り出した後)

220920j
標石

220920z
位置図(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

2022年9月16日 (金)

二等三角点「大願」

 まだまだ続く岩見沢シリーズ、次は5回目。名前に惹かれて「大願(おおねがい)」に行き、ついでに大願神社(紹介済み)をお参りしてきた。探訪日は2022年8月29日。
 岩見沢北東部の稔町のさらに先に大願町がある。どういう由来なのか知らないが、大望を秘めて開拓者が入植したかのような大きな名前だ。付近には大願を冠した三角点がいくつかあるが、駅からは遠いので今回はその名も「大願」ひとつだけ。

 岩見沢駅北口を出て駅前通を北三条通交差点まで進んで右折、北盛橋で幾春別川を渡ってその先の信号を左折して道道6号線にはいり、その先を右折して「稔ヶ丘」に至るところまでは同じ道をたどる。その「稔ヶ丘」を過ぎてさらに道なりに進むと、「稔町」のエントリの位置図AのF地点からG地点へと至る。このG地点が稔神社(これも紹介済み)のある交差点で、ここは「東川向」から「稔町」へ移動したときに横切ったところでもある。ここがこのエントリの位置図のA地点になる。
 A地点を北方へ直進し斜めに道路に突き当たったところがB地点で、ここを鋭角に左折してすぐ次の農道を右に入る(C地点)。北西方向へ直進し、D地点からは農家の間の庭先のような細道を進むとT字路に突き当たる(E地点)。そこを右折して200 mほど進んだ農地の角を左折する(F地点)。地図に道の表記はないが水田の横の土道をいくとすぐに右に用水路の水門があってその角に三角点がある。保護石4個に囲まれた標石が露出しているのですぐにわかる。ここまで岩見沢駅から約6 km。峰延駅の方が約5.5 kmと近いが、岩見沢以遠は列車本数がぐっと少なく不便になるのでぼくは岩見沢から歩いた。

 ここは二等三角点で、設置は明治時代(1911年9月)と古い。ただし2003年に再設置されていて、そのときに更新されたようで標石は新しく、二等表記も左書きだ。標石は地上に露出しているので四面の記載がよく見える。「大願」という点名の三角点はこの北の方にももうひとつあるせいか、点の記のこちらの点名は「大願 I」となっている。

〇二等三角点「大願」
 北緯 43°14′49″.4513
 東経 141°45′52″.0850
 標高 (m) 17.70

 

220916a
稔神社のある交差点(A地点、北東方向)

220916b
突当りの斜めT字路(B地点)

220916c
左折してすぐの右折点(C地点)

220916d
農地内へ直進(D地点)

220916e
突当りを右折(E地点)

220916f
すぐの左折点(F地点)

220916g
左折した先の道(矢印位置に三角点)

220916h
三角点のある角(矢印位置に三角点)

220916i
反対側から見たところ

220916j
標石
220916zz
 
位置図(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

2022年9月14日 (水)

峰延駅

 函館本線で札幌から旭川方面に進むと岩見沢の次の駅が峰延(みねのぶ)駅。札幌近郊といってもいい位置で、昔からある駅だし名前はよく知っているが、先日初めて利用した。こういうことも三角点歩きの余禄だ。岩見沢市だとばかり思っていたら駅の所在地は美唄市峰延町だと初めて知った。近くにある「峰延町」という三角点は岩見沢市のはずなのにと思って調べてみたら、峰延町には岩見沢市峰延町と美唄市峰延町があって、峰延駅の南西1キロほどのところに市境があるのだった。峰延駅は明治時代に北海道炭礦鉄道の駅として開業した由緒ある駅だから、もともとこのあたりは峰延(峯延)という地名で、その後周囲に岩見沢市と美唄市が成立したときに分断されてしまったのだろう。ついでにいえば三笠市も近くて、峰延駅前を通る国道12号の1キロほど札幌寄りに岩見沢市・美唄市・三笠市の三市境界点がある。

 峰延駅は可愛らしい駅舎のある無人駅で、駅乗降人員は2014年で1日79人だそうだから現在ではもっと減っているだろう。駅舎内は待合スペースがあるだけで自動券売機すらない。ホームは2面2線で跨線橋で結ばれている。ホームでは下り列車は岩見沢駅、上り列車は美唄駅を発車すると自動案内放送が流れる。駅前は商店が1軒あるだけで何もなく、100メートル先の国道に出たところにJAみねのぶのAコープ店があるくらいで、近くにはコンビニもない。もっとも国道を2.5キロ南にいくと大きなイオンスーパーセンター三笠店があるので不自由はしないのだろう。駅の正面(南東)側は丘陵で、裏の北西側は水田地帯が広がる。そのうち歩いてみるつもりだ。

 

220914a
駅舎(2022.9.8, 以下同じ)

220914b
駅前

220914c
駅舎内

220914d
発車時刻表

220914e
上りホームから見た駅舎

220914f
駅名標

220914g
下り2327M(721系3連)

220914h 
上り924D(150系2連)

2022年9月11日 (日)

「二十線」その4

 どうも気になってまたまたやってきた当別町太美の四等三角点「二十線」。もう4回目だ。1回目(2020.7.28)はなにも見つからず撤退、2回目(2021.9.15)は表示杭の残骸を発見、3回目(2022.7.3)にして折れた標石(柱石)の頭部を発見した。これは一大事と国土地理院に報告したら、折り返し「行って回収します」と返事が来て、ほどなくwebの基準点成果等閲覧サービス上で、現況状態が「柱石き損」、成果状態が「廃点手続き中」と変更になっていた、という話は以前書いた。この成果状態がその後「処置保留」に変わったのは謎だが、いずれにしても成果公表が停止されて閲覧地図上でも三角マークに赤で抹消線が引かれているのは変わらない。

 こういう場合掘り返して折れた基部の確認とかするのだろうか、いや今さらそんな手間はかけないだろう、どうなってるかな。家から自転車なら30分かからないので、昨日の夕方に散歩がてら行ってみたら...、3回目と同じに電柱の根元に折れた頭部がまだ転がっているではないか。回収しますってなにもしてないじゃん。まったくお役所のやることは。しかし基準点詳細には現況状態調査日2022年7月4日となってるから、ぼくの通報の翌日に調査はしているのだろう。気が変わって?回収はしなかったのか。いらないんならもらって帰ろうかなというのは冗談にしても、こうやってほっぽっとくのも感心しない。

 それはそうと、土手の畑側の斜面の草が枯れていて、そこになんと標石の基部らしき花崗岩の石柱が半分埋まって横倒しになっているのを今回発見した。昨日今日倒れたものではないだろうから、今までは草むらで隠れていて見えなかったのだろう。さらにこの下には盤石があるのだろうしこれを掘り出して回収するには重機が要りそうだ。いずれ全体の処置をする予定で今はそのままにしてあるのかもしれないな。これは今後も経過観察せねば。

 

220910a
農道(20線)沿いの電柱の根元が三角点位置

220910b
折れた頭部(赤矢印)と倒壊している基部(黄矢印)

220910c
基部の拡大

2022年9月 9日 (金)

四等三角点「稔町」

 「東川向」からの帰り道に少し遠回りして「稔町」に寄ることにする。探訪日は同じく2022年8月19日。

 「東川向」のある斜め道をそのまま東方向に進む。途中で稔神社(紹介済み)のある交差点(位置図AのG地点)を経て、幾春別川沿いの道に突き当たる(同E地点)。そこを岩見沢市街方向へ右折する。すぐに右手のタマネギ畑の先の農家の家先に倉庫があり、その入口左側に三角点がある。岩見沢市街から直行する場合は、「稔ヶ丘」のときと同様に岩見沢駅北口を出て、北三条通の交差点(位置図BのA地点)を右折して北盛橋を渡って道道6号の交差点(同B地点)を直進して川沿いの道を行くと反対側からこの倉庫に到達する。

 点の記によれば、ここの三角点は地下埋設でコンクリートの蓋がされているようだが、ご丁寧にその上に四角い大きなコンクリートブロックを重しに載せてある。表示杭が立っているからわかるようなものの、三角点という感じはほとんどしない。現況確認にもこのブロックを除けるだけでも大変だろう。設置は1965年8月で、2001年10月に移転となっている。おそらくそのときに地下埋設に変更されたのだろう。点名の稔町(みのりちょう)はこのあたりの町名による。

〇四等三角点「稔町」
 北緯 43°13′41″.9651
 東経 141°46′27″.2608
 標高 (m) 22.76

 

220909a
「東川向」のある斜め道の進行方向(東方、位置図AのC地点)

220909b
幾春別川の手前の道に突き当たる(位置図AのE地点)

220909c
北方からみた三角点のある倉庫

220909d
南方からみた倉庫(入り口に三角点)

220909e
表示杭と重しのコンクリートブロック

220909f
標石はブロックの下のコンクリート蓋の地下

220908z_20220909191601
位置図A(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

220909z
位置図B(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

2022年9月 8日 (木)

三等三角点「東川向」

 「瓢箪沼」に続いて北東約2 kmの地点にある「東川向」へ。探訪日は同じく2022年8月19日。
 「瓢箪沼」のある交差点(A地点)を、岩見沢市街方向からみて右折して北東へ進む。タマネギ畑を1 kmほどで道道6号との交差点に出る(B地点)。岩見沢市街から直行する場合は、「稔ヶ丘」のときと同様に岩見沢駅北口を出て、道道6号をD地点で曲がらずにずっと直進する。B地点を北東方向へさらに直進して1 kmちょっと行くと右側に斜め前方に岐れる道があるので、そこにはいる(C地点)。はいるとすぐに右手の溝のへりに四角い標石表面が土に埋もれているのが目に入る。保護石も表示杭もないが、草のない裸地なので見つけやすい。

 ここは三等三角点なので設置は大正時代(1914年5月)だ。その後1996年10月に再設置とされているが、位置が動いているかどうかはわからない。三等の文字が左書きなので標石はそのときの新しいものだろう。点名の東川向というのは、岩見沢市街から幾春別川をはさんだ北側に東川向(いまの稔町)、西川向(いまの西川町)という地名があったので、それによっている。

〇三等三角点「東川向」
 北緯 43°13′58″.3704
 東経 141°45′17″.2823
 標高 (m) 16.16

 

220908a
瓢箪沼交差点から北東方向(A地点)

220908b
道道6号線を横切る(B地点、右が岩見沢駅方向)

220908c
斜め右への分岐(C地点)

220908d
分岐から少し進んだ溝の脇(矢印位置に三角点)

220908e
近づくと標石が土に埋もれている

220908f
反対側から見たところ

220908g
標石

220908z
位置図(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

 

2022年9月 7日 (水)

四等三角点「瓢箪沼」

 岩見沢シリーズその4は市街地北方の郊外を巡る。まずは「瓢箪沼」から。探訪日は2022年8月19日。

 岩見沢駅の北口(A地点)からレールセンターの前を通って北三条通の交差点(B地点)までは「稔ヶ丘」の項に同じ。この交差点を曲がらずに直進するとすぐに幾春別川沿いになってその先は川沿いの遊歩道につながっている。途中に歩道橋があって両岸どちらの遊歩道を歩いても気持ちの良い道だ。道道(地図の黄線)の西新橋に突き当たるのでそこを右折する(C地点)。斜め左新篠津方向へ分岐してゆく道道と別れてずっと直進する。緑町を過ぎると家並みが切れて畑地となり歩道もなくなるが、右側に木陰の側道があって歩くにはおあつらえ向きだ。ずんずん進んで左手にひょうたん沼パークゴルフ場、右手にひょうたん沼交流広場公園のある次の交差点がD地点で、三角点は左角のタマネギ畑の隅にあり、保護石に囲まれた標石が見える。ここまで駅から3 kmちょっとだ。交差点を左折して水路の橋を渡ると畑に降りられるのでへりをたどって容易に到達できる。

 ここは市街地の他の四等三角点よりかなり古く1971年11月の設置で、2001年10月に現在地に移転されている。標石は少し地上に出ていて、きちんと4個の保護石のついた上面舗装に囲まれている。なぜかビニールテープの鉢巻をされているのがおもしろい。瓢箪沼はパークゴルフ場のところに以前あった沼で、瓢箪の形をしていたのだろうが「猫沼」同様原形は留めていない。

〇四等三角点「瓢箪沼」
 北緯 43°13′20″.6932
 東経 141°44′04″.9805
 標高 (m) 12.39

 

220907a
北三条通との交差点(B地点)

220907b
幾春別川沿いの歩道(B-C地点)

220907c
同上(C地点の手前)

220907d
西新橋北詰から北西方向(C地点)

220907e
木陰の側道を行く(C-D地点)

220907f
三角点のある交差点(D地点)

220907g
D地点の左角(矢印位置に三角点)

220907h
反対側から見たところ

220907i
全景

220907j
標石

220907z
位置図(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

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