カテゴリー「寺社・仏像」の記事

2023年1月26日 (木)

以布利海岸遍路道ごみ拾い

 突然なんのこっちゃと思われるかもしれないが、いい機会なのでMJBぢぢいさんのブログを紹介しておくことにしたい。

 正式な名称は「低級遊民MJBぢぢいのブログ」で、「ごみ拾いとお遍路とボランティア・時々鉄道と鉄蓋のブログです」と副題(説明?)がついている。これだけだといかにも怪しげで近寄りたくない感じをひしひしと受けてしまうが、内容はいたってまともで、ほぼ四国歩き遍路にまつわる話だ。ブログ主氏は西条市の62番札所宝寿寺の近くにお住まいの方で、詳細かつ膨大なお遍路情報が満載なうえに、何より当人のお人柄か読んでいてとても楽しい。歩き遍路を志す人、四国遍路に興味のある人にはぜひ一読をおすすめしたい。というか、遍路界?では有名な方らしいので、ぼくなどがこと改めて紹介しなくても、知ってる人は知ってるのかもしれないが。

 ブログ説明にもあるように、お遍路のかたわら地域のごみ拾いボランティアにも精を出されていて、それがまた頭が下がる熱心さなのだが、今回の告知は、足摺半島の付け根の東側にあって歩き遍路道の一部にもなっている以布利浜の清掃奉仕の企画だ。以布利浜はぼくも歩いたところで、確かにごみが散乱していたのをおぼえている。近くにいたらぜひ参加したいところだが、さすがに当地からは無理なので、近在の方やちょうど通りかかる方がおられればぜひご協力を。

 

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以布利浜(MJBぢぢいさんのブログより)

 

2022年10月19日 (水)

四国遍路ひとり歩き同行二人[地図編]第13版

 そういえば、四国遍路歩き必携の地図書の新版、へんろみち保存協力会四国遍路ひとり歩き同行二人[地図編]第13版が9月に発行されていたのに気づいて、先日入手した。この地図編、3年ごとに改版されていて、ぼくがもっているのは、5版(1997.5)、10版(2013.3)、11版(2016.4)、12版(2019.10)、13版(2022.9)の5冊。

 最初の5版は四国遍路に興味を持ち始めたころに買って、眺めているだけだった。それから15年後に一念発起歩き始めたときのが10版で、区切り打ちの途中で11版を入手してアップデート。その後の別格を回ったときもこの11版で、ちょうど歩き終えたときに12版が出た。終わってから見直すと、難儀して歩いた出石寺への道が新版には「通行困難、自己責任で対処してください」と書き加えられていて苦笑しかなかった。こういうことがあるから、歩くには最新の情報が必須だ。今は近々に歩く予定があるわけではないのだけれど、眺めているだけでも歩いた道を思い出したりして紙上遍路をしているようで楽しい。

 今回の13版も、かなりこれまで書かれていなかった歩きへんろ道が記載されているし、それ以上にへんろ宿の改廃というか多くは廃業が多い。保存会のwebページなどネット上で情報がはいってはくるものの、こうして全体像を縦覧してみるとその変化の早さには驚く。巻頭の索引図が充実して増ページになっているほか細かい改良がなされているが、なかでも目を引いたのは地図上に現れた[EV]という記号だ。凡例に記載が落ちているので定かではないが、充電ステーションではないかと思う。いまや電気自動車で回る時代なのだ。

 

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先年の台風で甚大な被害を受けた歯長峠あたりの変化(左13版、右12版)

2022年10月13日 (木)

大麻神社

 神社めぐりはしていないのだが、岩見沢郊外の三角点めぐりの途上大願神社稔神社に立ち寄った手前、その後もつい神社の前を通ると立ち寄らねば申し訳ない気がしてお参りしてしまう。ついででは神様が機嫌を損ねるかもしれないが、だまって通り過ぎるよりはよかろう。

 というわけで今日は江別市大麻の大麻神社。ここは札幌のベッドタウンとして50年以上前から開けた住宅地の中なので前二社とは違って立派だ。由緒書きをみると起源は明治33年まで遡り、大正8年に社殿を造営して創立というからそれなりに旧い。その初めの頃に麻畑在住の福屋某と大曲在住の平本某がそれぞれ宅地で祭祀を始めたのが創始と書かれている。まさに大曲と麻畑から一字ずつ採られたという大麻の地名の起源そのままだ。

 それはそうと、麻畑というと札幌の中の島にその名の三角点があって、行ってはみたものの見つけられずに終わっている(→三等三角点「麻畑」)。一方、大麻地区の隣の江別市野幌にも同名の三等三角点がある。まさに大麻の名のもとの麻畑に由来する由緒正しい点名だ。江別市内では公園内の四等三角点ばかり歩いていないで、そちらをぜひにも探訪したいところだが、今日訪問したのはそことは別の三角点。こちらの三等三角点「麻畑」はあいにく野幌高校の校地内奥深いところにあって、部外者が立ち入ることがかなわないのだ。残念。

 

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正面

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社殿

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由緒書き

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境内の馬頭観音堂

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説明板


位置図

 

2022年10月 5日 (水)

十楽寺の記念カード

 以前書いたように、来年2023年が弘法大師生誕1250年ということで、今年の6月から四国八十八ヶ所霊場会(以下霊場会)ではいろいろと記念行事が行われている。そのうちに記念カードの授与というのがあって、各札所で弘法大師にまつわる絵柄のカードを100円で頒布している。全部集めて1冊に綴じたり、1枚の大きなポスター用に仕立てたりできる。88ヶ所参りをする人は納経料を納める上にせっかくだからと集めて回ることになるわけだ。霊場会ではこういう企画は今までも折に触れて行われていて、機を見るに敏というか商魂たくましいというか。

 まあそれはいいのだけれど、88ヶ所の札所のうち7番十楽寺ではこのカードの配布を行っていないのだそうだ。1枚欠けては88枚集まらないのでコンプリートできない。それでは困るので、代わりに1番霊山寺でカードを2種類配布しているという。それで形式的に88枚揃うけれど、なんだかな。しかも各札所で配布しているカードには、ちゃんと四国〇番〇〇寺と記名してあるのが、1番で余分に配布している分には十楽寺の名前はなくて四国八十八か所霊場会と記名されていると。つまり88枚コンプリートしてもそのなかに7番十楽寺のカードはない。これは画竜点睛を欠く以前の問題では。

 なんでこんなことになっているのか。十楽寺は霊場会に加盟していないからだという説もあって、なにやら宝寿寺問題を思い出してしまう。宝寿寺のときは霊場会のwebページの札所一覧から写真が削除されていたりしたが、十楽寺は今のところちゃんと掲載されているし、真相は謎だ。ともあれ、霊場会も一枚岩ではないのだろうが、次から次へとお粗末な話だな。そんな事情を知らないお遍路さんが、十楽寺の納経所でうちでは配布していませんといわれて困惑したりしないのだろうか。もう一回1番までもどるのも大変だし、1番を打った時にきちんと説明をうけて2枚もらっておけばいいのだけど。

 それはともかくこの記念カード、一覧(pdf)が霊場会のwebページからDLできるが、デザイン専門学校生の制作というだけあって、斬新というか今風というか漫画的でちょっとお遍路のイメージに合わないと思うなあ、というのは年寄りの繰り言か。

 

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一覧に7番が抜けている(四国八十八ヶ所霊場会webページより)

 

2022年8月31日 (水)

稔神社

 神社めぐりには興味がないと書いておきながら今日も神社の話。神社っていうのはどこにいってもあるので、郊外の三角点めぐりなどをしているとちょくちょく行き当たる。人の住む集落には必ずあるといって過言ではないと思う。そしてそれとともにあるのが小学校の廃校跡だ。過疎化と人口減少によって統合や閉校になり、地域の小学校はどんどん消えてゆく。それでも神社だけは残る。よほど日本人の生活に根差しているのだろう。そういえば、以前訪れた江別市のはずれの川下地区にある三角点「南川下」が、ちょうど閉校になった川下小学校の校舎の横で、隣には川下神社があった。まさに典型だ。

 前置きが長くなったが、稔(みのり)神社は昨日の大願神社に行く途上の農道の交差点にある。稔町は大願町の隣で岩見沢市街地寄りの町だ。周囲は同じような田園地帯で今はちょうどタマネギの収穫が盛りだった。市の中心部から幾春別川を隔てた対岸にあたるこのあたりは、もともと東川向という地名で、その後新しく稔町となった。たぶん稔り豊かであるようにという願いがこめられているのだろう。神社ももとは東川向神社という名前で、由緒書きによる歴史は大願神社と同じくらい古い。そこから200 mほど東側に稔農村公園があり、その片隅に稔小学校跡地の碑が建っている。その源流は古く、明治28年に私立共立学舎として設立、東川向小学校を経て昭和38年に稔小学校となり、昭和63年閉校とある。現在の稔神社社殿が新築された3年後だ。

 

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全景(以下3枚2022.8.29)

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社殿

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由緒書き

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稔小学校跡の碑(以下2枚2022.8.19)

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碑裏の年表


位置図

2022年8月30日 (火)

大願神社

 「たいがん」ではなくて「おおねがい」と読む。いかにも大願成就を叶えてくれそうなありがたい名前だ。御朱印ブームで神社めぐりをする人が多い昨今、ひょっとして知る人ぞ知る穴場なのかと行ってみたら、あにはからんや小さな社はひっそりとして人が訪れた形跡はなく、参道にはクモの巣が張っていた。う~ん、もったいない。今の時代SNSで知られざるパワースポットとでも売り出せば、参拝客が押し寄せるのではと思ってしまう。というのは余計なお世話で、世話をする地元の人にしてみれば静かに鎮守の役割を果たしてくれればそれでいいのだろう。

 この神社、岩見沢市郊外の大願町にある。大願というのはこのあたりの古くからの地名で、いまは合併で岩見沢市になっている旧北村区域にもまたがっていて、そちらは北村大願と区別されている。そっちには別に北村大願神社というのもある。この大願という曰くありそうな変わった地名の由来は調べてもわからなかったが、神社の由緒には福井とか富山などの地名が見られるのでそちらに起源があるのだろうか。

 岩見沢市街地から少々離れていて、近くを通っていたバスもとっくに廃止になったので、ぼくは岩見沢駅からの約7 kmを歩いた。もっとも、ぼくは四国八十八ヶ所を歩いてはいるが、神社めぐりや御朱印集めには興味がないので、この神社のためにわざわざ出向いたわけではない。この周囲に「大願」を冠する三角点がいくつかあるので、名前に惹かれて行ってみたということだ。歩くにしても岩見沢の次の峰延駅からなら6 km、岩見沢美唄線や三笠線のバスが止まるイオン三笠店からなら5 kmとやや近い。まあ神社だけが目的なら普通の人はクルマだろうが。

 

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全景(以下写真は2022.8.29)

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社殿

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寄進馬像

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由緒書き

 
位置図

2022年6月 3日 (金)

御誕生1250年

 6月になった。お遍路の季節だ(意味不明)。弘法大師は774年6月15日に屏風ヶ浦善通寺で誕生した。来年2023年は御誕生1250年とのことで、四国八十八ヶ所霊場会では2022年6月15日から2024年12月31日まで弘法大師御誕生記念事業を開催する。各札所では「88大師メッセージ」お言葉の記念印押印や「88記念カード」彩色カードの贈呈などが行われるそうだ。この間に札所めぐりをすると普段の記帳のほかに特別の押印やらカードがもらえるということで、期間限定アイテムをインセンティブとして少しでも八十八か所巡拝者を増やそうという狙いだろう。

 こういう企画はこれまでにもいくつもあって、たとえばこれに先立って、2020年が醍醐天皇から弘法大師号を授与されて1100年の記念の年であることを記念して、賜弘法大師号1100年記念事業が行われ、そのうちの各札所での御詠歌札の配布が期間延長の上この5月31日に終了したばかりだ。それ以前、ぼくが八十八ヶ所を回っていたときにも、2014年は何の記念だか忘れたが特別の御影を配布していたし、2016年にはうるう年記念散華の配布をしていた。いずれも期間内に回り終えれば88枚コンプリートできるのだが、ぼくは4年がかりで回ったのでどれも中途半端にしかもらっていない。そういえば持って回った納経帳は2015年の高野山開創1200年に先立って頒布された特別仕様の青いやつだ。

 というわけで、これからも年によっていろいろな企画が出てくるのだろう。今年から回り始めるもよし、そう急がずともまた何かの折に出かけるもよし。さてぼくの次回はいつになるかな。

 

2022年4月 9日 (土)

こぶしのさと休業

 今さらながら、土佐佐賀温泉こぶしのさとが休業だそうだ(出典:へんろみち保存協力会の宿情報)。HPを見に行ったらすでに1月3日をもって休業で再開未定とのこと。長年のご愛顧ありがとうございましたと書かれていたから、休業とはいっても廃業なのだろう。ぼくは2015年の秋にお世話になったが、遍路道沿いにあって快適な宿だった。ここは札所間でも最長距離の37番岩本寺と38番金剛福寺の間で、近くに宿のないところでもあり残念だ。

 ぼくが四国八十八か所を歩いてからそろそろ5年が経とうとしている。それでなくても廃業する宿が多かったのに、ここのところのコロナ禍での遍路人口の減少がそれに追い打ちをかけている。ぼくが泊まった宿のなかでも、わかっているだけで民宿あすか、コンフォートホテル高知、ビジネスホテル南城、ロッジカメリア、笛ヶ滝、高松ステーションホテル、ニューサンピア坂出が休業か廃業、さらにこぶしのさともなくなった。定番ガイドブックである四国遍路ひとり歩き同行二人地図編に載っていない最新の遍路宿の改廃情報は、へんろみち保存協力会の宿情報に常にアップデートされているので、注意が必要だ。

 そういえば来年は弘法大師誕生1250年で、今年から八十八ヶ所霊場会ではさまざまな記念事業が計画されているそうだ。なんか大したキリ年でもない気がするが、コロナ禍で減った客足を増やしたいのだろうな。まあそれはまた別の話。

 

 

2022年1月 5日 (水)

お寺のケーブルカー

 正月早々の乗り物ニュースに気になる記事が。「紀三井寺にケーブルカー新線3月末開通 バリアフリー化を目的に工事進む」というもので、控えめながら「全線完乗を目指すなら…!」というキャッチコピーがついている。ケーブルカー新線、全線完乗、ときては見逃すわけにはいかない。記事によれば、和歌山市の紀三井寺で参詣時のバリアフリー化のために楼門下と仏殿下の間にケーブルカーを建設中で、2022年3月末開通予定とのこと。

 ふうむ。これだけでは情報が少なすぎて判断がつかないので、お寺のwebページを見てみたら、トピックとして「新設ケーブル工事が進行中」というページがあった。それによれば、ケーブルの線路・客車は日本ケーブルの造営で、完成は2022年3月末予定、運用開始日程は未定であり、施設運用と維持のために乗車料金を徴収するとのこと。スロープカーのような簡素な搬器が1台斜面の線路上を行くイメージ図が付されている。

 なかなかおもしろそうなものであることは間違いないが、しかしこれはぼくの全線完乗の対象なのだろうか。全線完乗にもいろいろなカテゴリーがあるが、ぼくの場合は日本国内の鉄道・軌道(鋼索鉄道を含む)としていて、鉄道要覧に収載されていることが基準だ。なので、一般の鉄道やモノレール、ケーブルカーは含むけれど、索道に分類されるロープウェーやリフトは含まない。また、スロープカーや斜行エレベータのような小規模な乗り物も対象外だ。これらはできるだけ乗りたいとは思うが、数が多くて追いつかないのであくまで希望枠としている(webページ「鉄道のある風景」を参照ください)。

 お寺のケーブルカーというと鞍馬寺の鞍馬山鋼索鉄道が有名だ。日本唯一のお寺が運営しているケーブルカーで、これは鉄道事業法によるれっきとした鉄道として鉄道要覧にも載っている。もちろんぼくの全線完乗対象なので、わざわざ乗りに行った。それ以外にも山上にあって長い階段をもつことの多い寺には、四国別格第5番札所大善寺のように簡易モノレールというかケーブルカーみたいなスロープカーをもつところがある。ほかにもあるだろう。これらは希望枠だ。こんどの紀三井寺はどっちなんだろう。鞍馬寺式なら乗らねばならないし、大善寺式ならできれば乗りたい。あれ、まあ結局乗りに行くのか。

 

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イメージ図(紀三井寺webページより)

2021年5月13日 (木)

「休日に歩いて遍路」が読めた

 Webサイト作成サービスYahoo!ジオシティーズの閉鎖にともなって多くのwebコンテンツが消えてしまったが、鉄道関連の一部が「ジオ・アーカイブ」というページに収録公開されているという話を以前書いた
 同様にブログサービスの閉鎖によって読めなくなってしまっているブログも多い。四国遍路を歩く人にとってほんとうに貴重な情報源だった「休日に歩いて遍路」もそのひとつ。遍路道や寺の情報が豊富で、ぼくもどれだけ参考にさせてもらったかわからない。Yahoo! JAPANのブログ閉鎖とともに個人的事情で移転せずに消えてしまったのがほんとうに惜しまれる。

 と思っていたら。RSSリーダーFeedlyに登録してあったのも記事が更新されていないのでそのままになっていたのを、SEE ALL ARTICLESをクリックして過去記事を見てみたら、なんとずらずらとタイトルが出てきて、それぞれの記事がまだ読めることを発見した。Feedlyって元ページへリダイレクトするんじゃなくて、ページごとコピーされているのか。それが残っている。ブログによっては最初の一部しか読めないものもあるが、幸い「休日に歩いて遍路」は全部がFeedly上で読めるようになっている。つまりインデックスはないものの最新の記事からさかのぼってタイトルから探すことはできるわけだ。いつまでさかのぼれるんだろう。というかぼくの見ているこのURLは他の人からも見えるんだろうか。それなら朗報だろう。歩き遍路に興味のある方、ぜひ見てみてください。

 

 

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