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2025年6月

2025年6月28日 (土)

四等三角点「沼の里」

 思わぬことから寄ることになった「北三号」の不首尾はそれとして、当初の目的地である「沼の里」へと向かう。探訪日は同じく2025年6月9日。

 「北三号」から国道337号にもどり(G地点)、そこから国道を北上して堺橋を南幌町側へ渡る、ここにも昔渡し船があって、藤田渡船場跡というのが近くに残っている。目的地は旧夕張川の右岸を少し下ったところだが、河川堤防は工事中で立入禁止となっているので、少し先の南十九線まで出てそこを左折する(H地点)。あとは1キロ弱進んだ三角点近くの横道を左側河川敷方向に折れる(I地点)。堤防の手前は草原だが、右手のすぐ下流側では整地工事が行われている。旧夕張川の堤防は現在築堤盛土工事が順次進行中で、今はちょうどこのあたりが工事中になっている、というのは後で知った。あまり訪問によい時期ではなかったが仕方ない。
 この日は作業が行われていなかったので、整地されたあたりに行ってみたものの、周囲の様子が変わっていて、三角点位置がわからない。これはまずいなあと一段高くなった堤防側の段丘上を見やると、何やら石柱のようなものがころがっているのがみえた。ん?と近寄ってみると、なんと三角点の柱石だった。整地工事にともなって掘り出されてとりあえず放り出したという感じだ。
 当別の「二十線」で折損した柱石頭部がころがっているのを見つけたことがあったが、ふだんは地中深く埋設されている柱石全体がそのまま掘り出されているのは初めて見た。それはそれで貴重なものだが、しかしいくら必要な工事とはいえちょっとひどすぎないか。三角点愛好家としてはとても胸が痛む。前のエントリに書いたように、国土地理院ではもう柱石三角点の維持管理はせずに不要なものは撤去できるようにする方針ということなので、これがまさにそういうことなのだろう。おそらく工事が終わっても元通りの位置に再設置されることはないだろうな。

 点の記によれば、ここは1979(昭和54)年の設置だから、46年の寿命だったわけだ。点名の「沼の里(ぬまのさと)」はこのあたりの地名らしく、少し下流側の木詰橋の先に沼の里揚水機場というのもある。昔、この一帯は沼地で、すぐ近くに鶴沼があったという話は「鶴沼」のエントリに書いたとおり。

〇四等三角点「沼の里」
 北緯 43°01′37″.1403
 東経 141°38′37″.6045
 標高 (m) 8.36

 

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国道337号の北西方向(G地点)

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堺橋で旧夕張川を渡る

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右岸堤防は立入禁止

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南十九線との交差点(H地点)

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左折した南西方向(H地点)

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河川敷にはいる交差点(I地点)

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左折した河川敷方向(I地点)

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突当り右側に工事区域が広がる(矢印位置に標石)

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整地区域まで行くと段丘の上に標石がみえる(矢印)

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全景

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刻印部分

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位置図(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

2025年6月27日 (金)

四等三角点「北三号」

 旧夕張川沿いの三角点歩き、「至誠」から下流へ向かうつもりだったが、ひょんなことからその前に「北三号」に寄ることになった。探訪日は同じく2025年6月9日。

 「至誠」近く(E地点)から下流方向への堤防は荒れていて歩けそうもないので、一旦元の道(西四線)にもどる(D地点)。先へ進むと稲荷神社の角に出る(F地点)。本来はここを右折して直接堺橋へ行くつもりだったのだが、地神碑を検分したりしているうちに間違えて、直進して国道337号まで出てしまった(G地点)。稲荷神社から堺橋へは四角形の三辺を行くことになりがっくりだが、悪いことばかりでもない。ここからは、当初は予定になかった三角点「北三号」がすぐ近くだ。というわけでそっちへ寄り道することにした。国道337号(北三号)の交差点(G地点)から西四線を100 mほど進んだ道路右側が三角点位置だ。だがしかし、草むらにそれらしい痕跡は見あたらない。草をかき分けたり移植ごてを突き立てたりしてみたが「中沢」のような僥倖は訪れず、残念ながら敗退となった。まあ行きがけの駄賃みたいなものだったから、そううまくはいかないということか。

 点の記によれば、ここは1956(昭和31)年の設置、1993(平成5)年に移転となっている。。直接面している道路は西四線だが、点名の「北三号(きたさんごう)」は、近くの主要道(北三号・国道337号)から採られている。

〇四等三角点「北三号」
 成果なし

 

250627a
稲荷神社(F地点)

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国道337号との交差点(G地点)

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道路際の三角点位置

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草むらの中

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位置図(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

2025年6月26日 (木)

四等三角点「至誠」

 さて、懸案の旧夕張川流域の三角点。とりあえず最初は南幌町中心部から歩くこととした。小林橋まで歩いて川を越え、対岸にある長沼町の「至誠」へ。探訪日は2025年6月9日。

 南幌東町行きの夕鉄バスを南幌ビューローで下車する。何度も乗っているこの路線だが町の中心部まで乗ったのは初めてだ。南幌ビューローというのは物産館などの観光施設のはいった建物でバスターミナルにもなっている。昔、夕張鉄道南幌駅があったのもこのあたりだ。ビューロー前の広い道路を南に進んで、突当りを右折する(A地点)。南西に農地区画で1.5ブロック行くと西十号との交差点があるので左折する(B地点)。あとはまっすぐ西十号を4ブロックくらい南下すると道が屈曲して旧夕張川に架かる小林橋に出る。ここは昔小林の渡しがあったところで、橋のたもとに説明板がある。橋を渡ると長沼町で、ここから線号の農地区画の角度が変わり、付番システムも異なるので紛らわしい。南幌町の西十号は橋を渡ると長沼町の北六号になる。三角点へは橋を渡った対岸の堤防上をたどれば近いのだが、とても歩けそうにないので一旦1ブロック先の西四線まで出る(C地点)。そこを右折して1.3ブロック先にあたる農道の交差点を右に入る(D地点)。川に向かって進み、堤防に突き当たったところ(E地点)の右側の畑のあぜ道の先が三角点位置だ。水路沿いの草の中を正面の林までたどりつくと、溝の先に表示杭と三角点標石が見える。

 点の記によれば、ここは1971(昭和53)年の設置。「至誠(しせい)」というなんとも大仰な点名はとても気になるが、明確な由来はわからない。少し離れたところの用水路には至誠橋というのもあるので、昔そういう地名があったのかもしれないが見つけられなかった。関係あるのかないのか、町の反対側の先年閉校になった西長沼小学校の学校だよりの名前が「至誠」だ。その昔孟子ゆかりの教育者でもいたのかもしれない。

〇四等三角点「至誠」
 北緯 43°01′50″.3566
 東経 141°39′50″.5452
 標高 (m) 9.28

 

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南幌ビューロー

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南幌ビューロー前から南方向

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公園に突当たる(A地点)

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右折した南西方向(A地点)

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西十号との交差点(B地点)

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左折した南東方向(B地点)

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小林橋で旧夕張川を渡る

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原始河川のような旧夕張川

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長沼町西四線との交差点(C地点)

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右折した南西方向(C地点)

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農道の右折点(D地点)

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右折した旧夕張川方向(D地点)

250626m
堤防の草むらに突き当たる(E地点)

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右手の畑のあぜ道の突当りに三角点(E地点)

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溝を渡った木の根元に標石

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標石

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位置図(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

2025年6月18日 (水)

四等三角点「中沢」

 「北里」の次に向かったのは、2キロほど南にある「中沢」。探訪日は同じく2025年6月2日。

 「北里」から国道にもどり、すぐ先の信号交差点を右折する(I地点)。あとは道なりに進んで東の里遊水地沿いの直線道路を500メートルほど南下した左側の電柱の先の草むらに三角点がある。しかし一面の草むらでそれらしいものは見えないし、探しようもない。こういうとき、標示柱や表示杭があると助かるのだがそういう手がかりが一切ない。民生用GPSはピンポイントの精度はないので、これも頼りにならない。というわけでギブアップしそうなところだが、いやまてよ。道路の反対側の低木の並びに特徴があり、グーグルマップの写真と照らし合わせると、その真向かいが三角点位置だ。このあたりだよなと移植ごてで突いてみると、カチンと標石にぶつかり、花崗岩の滑面がでてきた。まったく僥倖としか思えない。こういうこともあるんだな。ちょっとことばでは説明しきれないし、わかりやすい写真も撮れなかったのが残念だが、とにかく見つけることはできた。

 点の記によれば、ここは「北里」と同時期の1983(昭和58)年の設置。「中沢(なかざわ)」という点名は、このあたりの地名である中の沢に由来するものだろう。廣島村東部の千歳川流域は昔から中之澤原野とよばれていた。前回の「北里」もそうだが、なぜか間の「の」を落として中沢と短縮するのは点名以外に例がないと思う。

〇四等三角点「中沢」
 北緯 42°58′59″.4289
 東経 141°34′57″.7134
 標高 (m) 5.51

 

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国道274号からの右折点(I地点)

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右折した南方向(I地点)

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遊水地横の電柱の先が三角点位置(矢印あたり)

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電柱(青矢印)と標石(赤矢印)の位置関係(左側が道路)

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全景

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標石

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位置図(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

 

2025年6月17日 (火)

四等三角点「北里」

 「共栄」の次に向かったのは、1.5キロほど東にある「北里」。探訪日は同じく2025年6月2日。

 「共栄」の前の道を北上して国道274号に出てもいいが、公園のパークゴルフ場の中を通って道道46号に出た方が少し近い(F地点)。そのすぐ先が国道との大きな交差点だ(G地点)。右折して国道を東に進む。ここは道東方面への主要道であり、行先表示に帯広の文字が見える。交通量の多い国道の歩道を約1キロ進んで左の農地への細い農道へ左折する(H地点)。水田にぶつかったところが変形十字路になっていて、右角にカラーコーンが置いてあり、そこが三角点位置だった。とてもわかりやすい。

 点の記によれば、ここは1983(昭和58)年の設置。「北里(きたざと)」という点名は、このあたりの地名である北の里に由来するものだろう。北広島市中心部の周囲には、廣島村時代からの北の里、西の里、南の里、東の里という地名が今も残っている。

〇四等三角点「北里」
 北緯 42°59′57″.0134
 東経 141°34′25″.9395
 標高 (m) 6.48

 

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「共栄」横の公園

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公園内から表通りに出てすぐの国道交差点(G地点)

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右折した東方向(G地点)

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細い農道への左折点(H地点)

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左折した農道(H地点)

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変形交差点に突当たる(矢印が三角点位置)

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目印のコーンと三角点

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全景

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標石

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位置図(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

2025年6月16日 (月)

四等三角点「共栄」

 前回で南幌町西部は一段落といいたいところだが、実は長沼町との町界を流れる旧夕張川界隈にはいくつか気になっているところがある。ただしいかにもアクセスが不便でうまい行程が決まらないのがネックだ。とりあえずそっちはペンディングということにして、今回は北広島市街地近くをまわることにした。千歳線沿線は一昨年に南千歳まで歩いてはいるのだが、そのときはなぜか北広島を飛ばしている。いくつか問題があって気乗りしなかったせいだ。とはいっても外堀が埋まっていくと空白になっているのも気になるのでまあ行ってみよう。まず、市街地近くの「共栄」から。探訪日は2025年6月2日。

 北広島の利点はなんといってもアクセスのよさだ。本数の少ないバスダイヤに縛られないので行程が自由なのがありがたい。北広島駅で快速エアポートを降りて、東口から北方向の遊歩道(エルフィンロード)を歩き始める(A地点)。この道はもともと千歳線旧線跡のサイクリングロードだが、いまではボールパークへの主要なアクセス路となって、試合日には多くの人が行き来する。ぼくも何度も歩いたことがある。今回は、駅を出て少し行ったところの分岐(B地点)から市役所庁舎への道を下りる。出たところが大曲通で、市役所の角の交差点をあゆみ通りへ左折する(C地点)。輪厚川を渡り、道なりにゆるやかにのぼっていくとT字路に突き当る(D地点)。歩道はその先に続いていて次の道にぶつかったところで右折する(E地点)。右側はかぜの子公園のパークゴルフ場になっていて、その先の道路際の笹薮に四角いコンクリート枡があって、中心に三角点の金属標柱が埋まっている。

 ここは、残念ながら現況状態が「傾斜」で、成果公表停止になっているので点の記の閲覧ができない。今昔マップでは、1975年にはなく1996年には現位置に記載があるのでこの間の設置だろう。おそらく近隣の四等三角点と同時期の1983年ではないかと思われる。丸い金属標は南幌町でも何か所か見かけたし、コンクリートの円柱に埋まっているのも「鶴城」と同じだが、全体が大きなコンクリートの角枠に収められているのは珍しい。点名の「共栄(きょうえい)」はこのあたりの古くからの地名だ。


〇四等三角点「共栄」(参考値)
 北緯 42.99608392
 東経 141.5593947
 標高 (m) 22.93

 

250616a
北広島駅遊歩道出口からみた橋上駅舎(A地点)

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ボールパーク方向への遊歩道(A地点)

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市役所への分岐点(B地点)

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市役所前の左折点(C地点)

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左折したあゆみ通り(C地点)

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突当りの先に歩道が延びる(D地点)

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車道に出て右折方向(E地点)

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右手公園の先の藪に三角点のコンクリート枡(矢印)

250616i
全景

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金属標

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位置図(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

 

2025年6月 5日 (木)

四等三角点「中央」

 「暁」「明星」をめでたく観望したので、帰途につくことにする。北広島と南幌を結ぶ道道1080号を通るバスがあり、どこから乗ってもいいのだが、夕張太の中心部でバス停のある道道交差点には四等三角点「中央」があるので、最後にそこに寄ることにする。探訪日は同じく2025年5月27日。

 「暁」からは例によって碁盤の目のどこを通っても行けるが、歩きやすそうな西十七号→H地点→南十四線→I地点→西十九号という経路をたどることにする。4ブロック約2キロの道のりだ。夕張太中心部の道道交差点に北西側から到達すると、右手前角の薄暗い塀際に三角点がある。草むらに埋もれているが、標石が顔を出していてすぐに見つかった。余談ながら、この交差点にはセコマがあり、バス停にはきれいな待合室とトイレ、その裏は広い公園になっているので、バスを待つ間に本日の成果を愛でつつ祝杯をあげられるという寸法になっている。

 点の記によれば、ここは1984(昭和59)年の設置で、設置日も様式も前回訪問した「協伸」と同じだ。「中央(ちゅうおう)」という芸のない点名は、夕張太中心部にあるからだろう。ちょっとは暁の明星を見習ってほしいものだ。

〇四等三角点「中央」
 北緯 43°01′41″.3643
 東経 141°35′45″.3330
 標高 (m) 5.74

 

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西十七号と南十四線の交差点(H地点、南西方向)

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西十九号との交差点(I地点)

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左折した南東方向(I地点)

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道道同士の交差点(右角の塀際に三角点)

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塀際の標示柱の根元に標石(矢印)

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全景

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標石

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夕張太のバス停

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位置図(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

 

2025年6月 4日 (水)

四等三角点「暁」

 「明星」の次は「暁」というのが順序というもので、なかなか気が利いている。探訪日は同じく2025年5月27日。

 「明星」近くの交差点(G地点)で道道を渡り、そのまま西十七号を2ブロック北上する。途中南十四線との交差点(H地点)まではダートの車道だが、そこからは作業通路になり歩きにくい。南十三線に相当する横道の分岐の右角が三角点位置だ。南十三線は水路でとぎれているので南西側からアクセスはできない。角の草地に黄三角ポールが立っていて、その手前道路側に上面舗装枠に囲まれた標石が見えている。

 点の記によれば、ここは2007(平成19)年の設置で、設置日も様式も「明星」と同じだ。「暁(あかつき)」という点名は、「明星」の項に書いたように晩翠暁という地名からきている。合わせて暁の明星というわけで、昔々には粋人がいたとみえる。

〇四等三角点「暁」
 北緯 43°02′32″.2990
 東経 141°35′59″.2177
 標高 (m) 5.96

 

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「明星」の交差点から北西方向(G地点)

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南十三線との交差点右に黄三角ポール(矢印)

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南十三線に面した標示柱

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正面に標石

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全景

250604f
標石

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位置図(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

 

2025年6月 3日 (火)

四等三角点「明星」

 林の中で見つからない「十四号」をあきらめて次の目的地へ。向かったのは西に2キロほどの位置にある「明星」。探訪日は同じく2025年5月27日。

 「十四号」近くのE地点からは、北西に2ブロック、南西に3ブロックの位置なので、どうたどっても行けるが、道道1080号は「鶴沼」のときに歩いたので、今回は一本南の南十六線をたどることにする。来た道をD地点までもどり、南十六線へ左折する。3ブロック先の水路の手前が西十七号との交差点で、そこを右折する(F地点)。水路沿いの細道を北上して道道の橋の手前左側の道路際が三角点位置だ。草むらに黄三角ポールと表示杭が立っていて、根元に上面舗装枠らしきコンクリ面が顔を出している。肝心の標石がどちら側に埋まっているのかわからないが、いずれ舗装面の近くにはあるはずなので、移植ごてで周囲をさぐる。表示杭の方にはなにも見つからないので変だなと反対側を掘ってみたら、道路側に標石が埋まっていた。道路にすぐ近い位置なので意外だ。

 点の記によれば、ここは前回行った「大成」と同じ2007(平成19)年の設置で、様式も同じだ。「明星(みょうじょう)」という風雅な点名は、何度も出てくる南幌町都市計画図によれば、道道を挟んだ向かい側が夕張太明星という地名なので、それをとったものだろう。なんで明星なのかはわからないが、隣には晩翠暁(あかつき)という区画があり、好一対をなしているのがおもしろい。

〇四等三角点「明星」
 北緯 43°02′01″.6382
 東経 141°36′27″.5872
 標高 (m) 6.28

 

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南十六線と西十四号の交差点(D地点、南西方向)

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西十七号との交差点(F地点)

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右折した北西方向(F地点)

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道道との交差点手前左に黄三角ポール(矢印)

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標示柱の道路側を掘ると標石がある

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標示柱と標石の位置関係

250603g
標石

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位置図(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

2025年6月 2日 (月)

四等三角点「十四号」

 「鶴城」の次は、さらに南に下って「十四号」へ。探訪日は同じく2025年5月27日。

 「鶴城」の前の南十六線を2ブロック南西に進んで、西十四号との交差点を左折する(D地点)。そこから1ブロック先で横切る林帯の先に南十七線にあたる細道があり(E地点)、少し左に入った林の中が三角点位置だ。林の中は深い藪で、それらしいものは見あたらない。目印になる表示杭のたぐいもないので探しようがなく、撤退となった。

 点の記によれば、ここは1951(昭和26)年の設置で、その後1979(昭和54)年に現在地に移転と、「鶴城」とまったく同じ履歴を経ている。「十四号(じゅうよんごう)」はいうまでもなく区画路の名称。

〇四等三角点「十四号」
 成果なし

 

250602a
「鶴城」横の南十六線(南西方向)

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西十四号との交差点(D地点)

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左折した南東方向(D地点)

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左手の林帯への分岐(E地点)

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三角点は林の下草の藪の中

250602f
D地点近くの菜の花畑(遠景は恵庭、漁、空沼、札幌連山)

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位置図(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

2025年6月 1日 (日)

四等三角点「鶴城」

 前回歩き残した南幌町西部の続き。北広島側からはいるのはバスの便が悪く、今回は江別側からはいって北広島へ抜けるルートになった。探訪日は2025年5月27日。

 南幌東町行きの夕鉄バスを12号で下車する。バス停は西十二号との交差点を過ぎた南十二線との交差点にあり(A地点)、そこの変形交差点を南西に少し歩いてぶつかった西十二号を左折する(B地点)。あとはずっと南下するだけだが、最近開通した道央圏道路に並行する西十二号は交通量が減っているかと思いきや、思いのほかダンプが通り、歩きずらい。4ブロック先の南十六線との交差点(C地点)を右折した右側水路横が三角点位置になる。南十六線側からは水路を渡る方法がないので、C地点から木立の畑側を50 mほど歩くと、木の間に標示杭が立っていて、その根元に金属標を埋め込んだコンクリ円柱が立っていた。地表に丸い金属標を埋め込む形式は見たことがあったが、円柱が地表に突き出ているタイプは初めてだ。

 点の記によれば、ここは1951(昭和26)年の設置で、その後1979(昭和54)年に現在地に移転されている。「鶴城(かくじょう)」という由緒ありげな名前はこのあたりの古くからの地名だ。鶴が飛来していたという沼が以前あって、近くには「鶴沼」という三角点もある。

〇四等三角点「鶴城」
 北緯 43°02′38″.3643
 東経 141°38′21″.2827
 標高 (m) 7.16

 

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夕鉄バス「12号」バス停(A地点)

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西十二号との交差点(B地点)

250601c
左折した南東方向(B地点)

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南十六線との交差点(C地点)

250601e
右折した南西方向(C地点)

250601f
水路横の林の中の表示杭の根元に標柱

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金属標と標柱

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位置図(国土地理院地図(電子国土web)に一部記入)

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