「はじまり」の地を歩く
「きづまりの地」に続いて今度は「はじまりの地」歩き。
北海道の開拓農地の区画割、300間(約540 m)四方のブロックが縦横碁盤の目に整然と並んでいる。基本的には一方の中央を基線とし、そこから東西(あるいは南北)に一線、二線と区画路を引く。それと交差する方の中央は零号で、そこから南北(あるいは東西)に一号、二号と番号を振る。市街地の条丁目と同じ方式で、札幌なら基線に相当するのが大通(南北○条の中心)、零号に相当するのが創成川(東西○丁目の中心)で、北○条西×丁目という座標で位置を特定しているように、農地では西○線南×号というふうに位置が表される。
このように座標軸の原点ともいうべき中心が基線零号なのだが、零号にあたる通りが基線となっていたり(当別町)、零号のかわりに一号で折り返して両側が北(南)二号になっていたり(砂川市)、実際の場ではそうそうきちんとしているところはかえって少ない。そのなかでこの基線零号がわかりやすいところに存在しているのが長沼町だ。札幌の原点、ゼロ条ゼロ丁目にあたるテレビ塔裏の大通・創成川上にはスノーリングというモニュメントがあるが、長沼の原点には何があるのだろう。これは行ってみるしかない。というわけで、長沼町の三角点探訪のついでに行ってみた。探訪日は2025年7月30日。
毎度おなじみの北広島駅発ながぬま温泉行きのバスを西2線通のバス停で下車する。いつもながらこういう中途半端な場所で降りる人は他にいない。それでもここは何もないところというわけではなく、すぐ横にパーキングスペースがあり、その片隅に立派な馬追運河の碑が建っている。ついでに見物してみたが、碑までは道がなく枯れた雑草が積み重なった上をバリバリ踏み分けて行かねばならない。この運河は明治29年完工という歴史あるもので、この碑は平成3年の大改修完成を記念して建てられたものだ。残念ながら運河の周囲は草ぼうぼうで、碑の近くから水面を望むことはできない。
バス停近くで道道は西二線および零号と交差しているが、交差点の複雑化を避けるためか、零号は道道に出る手前で屈曲して西二線とつながっている(A地点)。そこから先は、零号川に沿った歩きやすい道が東へと続いている。西一線の交差点を過ぎ、カモの親子が泳いでいる川(といっても水路だが)の横をのんびり歩いて行くと、正面に簡易信号機のある交差点があり、左には赤い橋が架かっている。ここが基線との交差点、すなわち基線零号の場所だ(B地点)。
あいにく交差点から南側の基線が道路工事中で、付近には工事関係者の車が止まり、交差点には誘導員が配置されていた。あまりカメラをもってうろうろするのも気が引けたが、誘導員に一声かけて周囲の検分をする。零号川に架かる朱塗りの橋はその名も基準橋で、橋を渡った右岸の東側にその由来を書いた町教育委員会の説明板が立っていた。曰く「明治26年長沼村植民地の画割の中心で、農村構図の原点といわれている」。さすがにスノーリングのような派手な記念物はないし、黙って通り過ぎてしまえば気づかないで終わってしまうような場所だが、このお洒落な橋と説明板だけでも来たかいがあったというものだ。ここから零号川沿いにさらに1ブロック歩いたところには四等三角点「防風林」があるが、それはまた別の話。
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